2011年 03月
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踏ん張りましょう!

心配をお掛けしておりました、病気加療中の母を
3月3日、無事に見送る事が出来ました。

思えば、2月3日に「危篤状態であと2~3日持つかどうか」と医師より告げられ、最後の疼痛緩和の為の
モルヒネの投与を始めて一ヶ月・・・様々な症状に見舞われながらも投与量が身体にぴたりとあったのでしょうか
なんとか持ちこたえてくれておりました。

28日未明から早朝にかけてこれまでになく苦しい状態になり、
3月1日のお昼頃に、「お父さんの月命日の3日に母さん逝くから」と自ら宣言!!
宣言した途端に葬儀社への手配などを私に指示しました。
それまでは、生に向かって邁進していた母は、今度は死に向かってプロデュースし始めました。
「命は自分のもののようであって、自分のものではないもの」ですから
「そう自分勝手に決められるようなものではないんだよ」と言いつつも
母がそう言うのであれば、3日に逝くのであろうと確信もありました。

午後から札幌は猛吹雪になり、
やっぱり「母は嵐を呼ぶ女だゼィ・・・」とつぶやきながら
家に残してきたケティを友人に預かりをお願いする為に一度自宅に戻りました。
家を出ようとした時に妹より電話があり、
「携帯を母さんの耳にあてるから何か言って」とのこと。。。。
そして
病院に向かうタクシーの中で、妹より「今、目を落とした」と報告を受けました。


肺腺癌の再発からの一年半は、常に「いつまで持つか・・・」と言われ続けての入退院の繰り返しでしたが、
「気力・体力」共に恵まれた母は、そんな事など歯牙にもかけず、「ガン」という事も頭から
すっぽ抜け、常に前向きな人でした。

2月3日からの付き添い、葬儀を終え、今は色々な手続きなど・・・と
アドレナリンの放出が、支えてくれているのかもしれません。
それとも、「元気印の母」の娘ですから・・・その100分の1くらいの気力、体力があるのかもしれません。

今回の東北関東大震災で被災された皆さんの事を思うと、
「死」をしっかりと認識し往生できた母や私達はなんて幸せなのだろうと思わずにはいられません。
言葉もなくテレビの画面に見入り、募金しか出来る事はないのかな?・・・と、
何も出来ない無力さにただただ被災者の皆さんへの心配が募るばかりの日々。

そうだ!
四十九日までは祭壇がありますが、実家にはつい先日まで寝泊りしていましたので、
そのまますぐに住める状態です。
二世帯住宅なので古いけれど12~3人くらいなら、何とか住めそうです。
知人が福島で被災していますので、是非遠慮なく使って欲しいと思っているのですが
住み慣れた故郷を離れる辛さ・・・自分達だけ安全な場所に・・・と思う後ろめたさや
更には北海道までと思うと複雑な気持ちと決心が要ることなのでしょう。

できたら
まずは身体をゆっくりゆっくり休めて、生きる希望を持って頂けたら、、、、
そんな足がかりに、今は「住む人が居ない実家」がお役に立てたら母も喜んでくれるかな?
なにより、皆で肩寄せあって、にぎやかだと寂しくないよね。

そう思う日々です。


まだまだ片付けなければならない事など山積し、
もうしばらくSHOPはお休みをさせて頂くこととなりご迷惑をお掛け致しますが
何卒お許しくださいませ。


日本中の色々な場所で、踏ん張りましょう!

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